2012/02/12

小川明子『文化のための追及権―日本人の知らない著作権』(集英社新書,2011)

文化のための追及権 ─日本人の知らない著作権 (集英社新書)
小川 明子
集英社 (2011-10-14)
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追及権(Droit de Suite)とは,美術作品が転売される際に,転売価格の数%を請求することができる原著作者の権利のことで,ヨーロッパを中心に約50カ国で認められているらしいです.画家のもつ著作権保護が文筆家や音楽家と比較して弱く,文化保護の観点から追及権を日本にも導入しましょう,というのが本書のテーマです.

追及権導入の論拠の1つとして,日本の著作権法では画家に対して不当な権利制限(著作権保護の例外規定)が明記されている,というのがあります:

第四十七条の二 美術の著作物又は写真の著作物の原作品又は複製物の所有者その他のこれらの譲渡又は貸与の権原を有する者が、第二十六条の二第一項又は第二十六条の三に規定する権利を害することなく、その原作品又は複製物を譲渡し、又は貸与しようとする場合には、当該権原を有する者又はその委託を受けた者は、その申出の用に供するため、これらの著作物について、複製又は公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)(当該複製により作成される複製物を用いて行うこれらの著作物の複製又は当該公衆送信を受信して行うこれらの著作物の複製を防止し、又は抑止するための措置その他の著作権者の利益を不当に害しないための措置として政令で定める措置を講じて行うものに限る。)を行うことができる。

美術品であれなんであれ,著作権で保護された創作物の複製の作成や,一般への公開には著作者の許可が必要ですので,画集が発行される場合には著作者に著作権料が支払われます.しかしながら,美術品の所有者は上述の例外規定によって,一定の条件さえ満たせば著作者に断りなく複製の作成,公衆送信,自動公衆送信のための送信可能化を認められています.これは,美術品のオークション(インターネットオークションを含む)出展者が美術品を撮影するなどしてカタログに出展品情報を登録することを認めるための例外規定とされているのですが,オークションでは,カタログにかなり力を入れていて,画集と変わらないクオリティでカタログが作成されており,画家は著作権料をとりっぱぐれているのではないか.追及権を認めない上に,例外規定が強く,著作者の権利が不当に制限されている.というのが,著者の主張です.「フランスの国立美術館を統括する組織RMNが海外拠点として日本に設けた会社に勤務」されていた著者ならではの重要な視点と言えるのかもしれません.

そこで,日本でも追及権を導入して画家の権利を保護しよう.という風に議論が進められるのですが,これは本当に正しい方向でしょうか?第四十七条の二の権利制限が不当に強いのであれば,こちらを改良する方が重要ではないかと思います.追及権の性格上,当該美術作品にすでに買い手がついていて,さらに転売市場における取引が成立しない限り徴収料は発生しません.これでは,芸術家が芸術作品を生み出すインセンティブ強化のための根拠として弱すぎるように感じるからです.1人目の買い手を見つけるのに苦労している芸術家がたくさんいるのはどこの業界でも同じでしょうから,複製物の販売で潤っている映画・音楽・出版業界と同様の「当たれば大儲け」できる制度を美術品の世界でも作りましょうというのでは富が一極集中する現状を拡大再生産するだけのように思えてなりません.

このような批判はやはり受けておられるようで,売れている芸術家にしか追及権料は支払われないだろうという批判に対して,イギリスでは追及権料支払い対象を拡大し,対象者が倍増した.という事例を挙げます.以下,166頁より抜粋:

追及権はすでに著名で裕福といえる芸術家のみが潤うものであり、無名で貧しい芸術家にはなんら影響はないのではないかという議論があることも確かです。この点については、イギリスの事例から一つの結論が見えてきます。イギリスは、追及権料の支払い対象となる取引の下限を欧州指令で示された3000ユーロではなく、1000ユーロに設定しました。これによって、保護対象となる芸術家数は倍増したといわれています。
このことは、一つの作品に数万ユーロ、数十万ユーロの高値がつく芸術家は一部にすぎず、多くの芸術家の作品が1000〜3000ユーロの範囲内で取引されているとい事実を示しています。それでも彼らの生活は、追及権料の支払いが行われることによって大きく変化したと思われます。次の作品の制作費や生活費を稼ぐのに必死になっている芸術家であっても、以前に手放した作品の追及権料によって、その苦境がいくらか緩和されたはずです。

これでも売れている芸術家の対象を拡げただけで有効な反論になっていません.新制度への移行とともに負の効果も発生しているはずですので,そこを伏せた本書の記述は説得力にかけているように思います.取引量,取引価格ともに優位な減少がなかったことを確認した上で,管理コスト増加の程度が画家の暮らし向き向上と釣り合っているか検討する必要があるでしょう.(おそらくその手の実証研究は探せばすでにあると思いますが)

もうひとつ,二次創作に対して認められている原著作者の権利に関連して,追及権に不満を感じました.文化の振興を目的とするのであれば,二次創作に対して権利保護を強くしすぎないということが重要でしょうから,著作権と共に続く永続的な追及権というアイデアは創造のコストを不当に高くする要因をひとつ増やすことにならないでしょうか

芸術家に寄り添って書かれた本書は,絵画・彫刻などの複製不可能な芸術作品のための著作権制度見直しに対して興味深い提案をされています.読了後の意見は追及権には懐疑的な立場ですが,芸術家の保護にはやぶさかではないので,より説得的な次回作を期待したいと思います.

 

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