2008/02/01

大崎善生 「パイロットフィッシュ」 (角川文庫)

パイロットフィッシュ (角川文庫)
大崎 善生
角川書店 (2004/03/25)
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誰もがもつ曖昧模糊とした感覚は,言葉の力によってしばしば具体的な輪郭をもつに至る.形のないものに形が与えられる.文章は本当に不思議な力をもっている.すさまじい鮮烈さをもって押し寄せる文字のつらなりが,僕の中でうめき声をあげる.行き場のなさにもがき苦しむ.どうして,こんな言葉が生まれてくるのだろう.1冊の短い小説を読み終えた僕は,提示された世界観からどうしても抜け出せないでいる.

そう.記憶というのは深い湖の底のようなものだ.掴みたくても掴めない,でも確かにそこに存在している.僕らは記憶から逃れることはできない.

パイロットフィッシュを殺せない山崎隆二は,決して人がよいだけの人間ではない.本当は記憶の中に温もりを感じている.出会いの意味を誰よりもよく知っている.手の届かない湖の底に,暖かく輝く光を見つけているんだろう.

日々繰り返される出会いと別れ.その意味するところは,僕たちが考えるよりずっと深い.だって,僕らの人生はきっと,そんな日々の小さな出来事の積み重ねで決まっていくんだから.

――あなたのパイロットフィッシュは誰ですか?

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