経済的とかインセンティブとか,経済学は人間の行動にある種の合理性を仮定して始まる学問に尽くされる.僕はそう考えていた.つまり,経済学では娯楽や教養の価値を測ることはできないのだと.人間らしさは,一元的な利益追求の過程から一歩進んだ先にあるべきなのに,これではいけない.社会科学としての経済学は人間を表現していないんだろうか.
文化経済学という経済学があるらしい.
幸福と言えば哲学になるが,効用と言えば経済学になる.消費や“消費をしないこと”から得られるものは,結局のところ共通の感覚だろう.音楽や芸術作品の鑑賞から得られる幸福は,われわれの日々の暮らしを豊かにする.消費とも,消費でないとも決めがたい営為が,他の消費財の購買意欲や生産意欲の向上を誘発するのだとか.もちろん,これは経済全体の活性化につながる.人間を扱う経済学が,近年までこのような事実に目をつぶってきたのはなぜだろう.
僕は芸術に関しては無知だ.でも,芸術は僕の人生の少なからぬ一部を形作った.もっと正確にいえば,芸術に携わる人々の言葉が僕の思想の本流を作った.だから,恩返しをしたい.何もできないなりに,何かをしたい.僕は文化経済学を学ぼうと思う.僕の学問的行為は,偉大な彼らにとって直接的意味なんてないかもしれない.それでも,彼らの仕事に,思想的な挑戦以上の何かを見出していたい.目先の収益にしか興味のない役人達に,彼らが虐げられないように.彼らが自由に創作活動を行える社会が,芸術家でない人々にとっても素晴らしい社会であることを忘れないように.
若い野心が冷めないように,この場を借りて宣言します.
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